暮らしを愉しむ

日々、考えること、好きなこと、暮らしをつぶやく散文記録。読書、観賞、暮らし方など。

こういう時間に日々癒されている。


2023年の子供たちとの夏休みも終わり、今日からまた少し目まぐるしくなることも増えるだろうけれど、心配はしないようにしようと、改めて思う。

いやあ、それにしても楽しかったなあ、今年の夏。大きな一年だった。子供たちと3人で過ごした夏。
来年の夏休みのことは、あえて想像しないようにしておく。

 

期待以上に状況を考えやすくなってしまうと、苦悩は膨らむ一方になってしまうことがある。
自分自身が思ういい人になりたいという気持ちはあっても、自分自身の振る舞いの範囲内を越えてしまう行き過ぎた態度、行動をしてしまうと、ひどく疲れてしまうことがある。
無理に頑張りすぎると、相手もきっと気を遣ってしまう場合もあるだろうなあ、と。

誰かと接する際にも、あえて着飾らないほうがこういう性格の人なんだな、とわかりやすくていいのかもしれないと思ってきている。そのほうが、相手も自由に振る舞いやすのかなと。

大切なのは、無理に好かれようとするのではなく、気配りが必要なのかもしれない。

 

子供たちともそうだ。お互いに適度に、気を抜きながらやってこうじゃないか。
物事によいも悪いもなく、考え方によって良くも悪くもなるだろうから。
そういうことには、気をつけたいな、と。


 

久しぶりに一人で肩の力を抜いて、ただ座って、リラックスして。慌ただしい仕事からしばらく抜け出し、息抜きする時間をとる。

珈琲は部屋のどこでもよいしょ、と腰掛けて飲みたくなる。地べたで座るのがたまらなく落ち着いて、好きだったりする。

最近の夜は、Netflixで配信されている韓ドラを韓国語を渡韓までになるべく馴染ませるためにも、よく鑑賞中。

 

心に余裕があると、いつになく考えもつかないことが、思い浮かんできて、これは、余裕があるということなの?余計な考え?
いや、きっとなにか考えていく内観のためにあるんじゃないかな、と物思いにふける。

 

こういう時間に、日々癒されている。

 

なので、やるべきことはあるけれど、あえて今日はしないようにした。
それでも、明日からは夫が帰国する。
なんだかもっと気が抜けそうだけれど、変わらず気を保って、過ごしていこうと思う。


そうそう、これでも整理されている気がしている。
良かったこと、不便なこと、煩わしいこと、そういったことをひっくるめて。

ある考えがひとつひとつ浮かび上がってくるように、じっくり整理しながら書いてみる…

こうやって書くためにあると思う散文記録。

 

 

子供たちは、お昼前に帰ってきて、お昼に一緒にカツサンドを。



今夜は、久しぶりに涼しくて窓を開けて寝ることにしたら、虫の鳴声の大合唱が心地よすぎて……頭の中に音波が振動してマッサージされるような感覚になります。

(虫の鳴き声は、α波を発生させるリラックス効果があり、自立神経の乱れを整え、心身の疲労回復、ストレス軽減、眠れない時などに虫の音を聴くと心地よく眠気を誘うそう。)


……うん、まさにだな、とかんじているところです。

 

 

 

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