望みは、目の行き届く範囲で努力して改善してほどよく満たされる。そう意識して日々調整していくにつれて、穏やかに過ごせている気がします。
歳を重ねてくにつれて、良い意味で人生に期待しなくなってくると言いますが、まさにその通りだと思います。今あることに集中して大切にしていくことから現実と向き合い、満たされてく気がします。持っている芯の部分は変わっていないけれど、取り入れ方、取捨選択の仕方、物事の分別が移ろいでゆくとともに。知恵も増えれば、意識がまとまっていき、幸せのあり方も見出されてく気がするのです。
さて、このごろイギリス、北欧系映画、文学を好んで観る機会が多くなりました。きっと人柄を見てしまうのだと思います。ユーモアとか、豊かな表情とかセンスとか。そういうのが華やいでみえるのです。きっと、そういうふうに生きていきたいんだろうなあ、とか、そういう「良いな」と思うところをみつけていく中に、生き方をまとめていける気がしています。
鑑賞するときも、個人の感性に触れて、参考にしたい部分は胸に留めておくようにして。言わんとすることは理解できていたのに、まるで新鮮で、大切な視点を発見できる。──そのような考えができる瞬間が、すきです。
持っている芯の部分は変わっていないけど、取り入れ方、取捨選択の仕方、物事の分別が脳内のひも付けが移ろいでゆくとともに、調整されてく気がする。ふと、そう感じるのです。
常日頃、感じてきている事なのですが、日常の中に発見を、楽しさを、ゆとりを、大切に綴っていこうと思っています。読んでくださる方へも、ちょっとした一休みになるようなblogを。(個人としてちょっとしたつぶやきになる場としても大切にして)
心の持ちようとしても、互いにとって価値あるものをやりとりする環境、良し悪しつけないコミュニケーションの場だと思う方が、気楽に、楽しく過ごすことができるように思います。そのほうが「生態系」としても、普段人と人とが会話する上でも円滑になる点と重なります。
ポジティブな関係が成立しなければ、生きるのもしんどさが生まれてしまう。互いにポジティブな感情が生まれる関係、価値のやり取りができる関係。買い物するものでも自分にとって応援したくなるとか、有効さがある。そういうことが日常を活気づけてくれると思ってきています。
とくに、SNSは色んな人が密集している地域に住んでいて通りすがる感覚がする。ハーバードの教授がインタビューでこう答えていました。“SNSは、社会生活におけるジャンクフードです。高カロリーで栄養が少ない。対面交流の代わりにはなり得ないのだ”と。この意見には、わたしもこのごろ身をもって感じているところ。
SNSは、好きなことをシェアし合える感覚で、実生活を充実させていくついでに楽しむ程度にしてくこと。色んな人がいて当然だからこそ、好き好んで属しやすい場所で。方法で。好きに呟く。個人的に共通点のある趣向性をもっている方と、ときに挨拶を交わしたりして。好きものこそ上手なれ。
そういうふうに継続して楽しんでいくこと。本人にしか通用しない領域もある。そこを共有する感覚でいるのが、楽しくなります。
そういう面で、いつもNOTEやblog、その他で、定期的に読んでくださる方が増えてきているという状況に、頭が上がらない思いです。心より、感謝申し上げます。
追伸:
体調管理がむずかしい季節です。暑くなったり寒くなったり……一体、自分の身体の体温調節どうなってる?と思うことが多い季節。またもや、次男の風邪がうつってしまいましたが、夜にしっかり休んで横になっていたら、朝には体の気だるさが和らいでいました。珈琲が飲みたくなるというのが、元気が余っている証拠。それでも甘くみず、大事にしてこうと思います。
みなさまも、どうかお身体ご自愛ください🍀
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